まだ暗いうちに家を出て、那珂川へと向かう。
魚が休んでいるであろうその場所にゆっくりひっそりと踏み入る。
車のライトを当てぬよう、砂利を踏み鳴らすことのないように。
慎重に。
視界が効くようになったら、川原に立ちゆっくりと状況を観察する。
極手前から丁寧に、時にはルアーを変え、雰囲気なるものを感じる場所にルアーを通す。
ゆったりと静かに。
そういう時間も僕にとって大切な那珂川時間。
水温と気温の差、日の出の影響を受けて立ちのぼる霧を風が運ぶ幻想的な時間。
いるのか、いないのかもわからない相手を想像し、ひたすら川をのぞむ。
そんな朝、高々と打ち上げられたロケット花火。
静寂を打ち破るように川辺に響き渡る石鳴り。
ロケット花火の投下音…そして爆発音。
そこにはカワウの姿はない…。
そして、僕の存在にまるで気づいていないかのような距離間で竿を振り、釣れないことへの不満を口にする。
僕は震える心を押し殺し、冷静に川を後にする…つもりでした。
これより先は…。
川に通えば通うほど、疎外感を抱いてしまう。
人と関わるほどに…。
魚たちの逞しさや美しさ、四季の営みの変化に心うたれる一方、そんな想いも同時に味わう。
これも今の那珂川での川時間。
みな、僕よりもずっと果てしなく川を知るはずの大先輩方。組合の役員の方の姿もあります。
そんな大先輩方がそうまでして竿をふるのには理由があります。
鮎毛針です。
鮎解禁は6月1日。
今は鮎が海から遡上してくる時期であり、「禁漁期」。
「鮎」そのものをとってはいけない時期であり、それは手法によりません。
茨城県側の那珂川は、遡上鮎の漁獲を避けるため毛針釣りを3月1日~5月31日まで全面禁止。
一方で栃木県の那珂川はこの期間の毛針釣りを禁止してはいません。
「鮎の遡上期、川に人がいることでカワウの飛来は抑止され、鮎が守られる」
「だから流し毛針で鮎を釣っても、うるさいことは言わない」
そういった現場ルールが伝え広がり、現在鮎はもはや密漁期間中として漁獲が許されています。
「そんなの微々たる量だ」
「そんなめんどくさいこと言うな」
「川はみんなのもんだ、お前のためにあるんじゃない」
そんな声もあります。
はたして本当にそうなのでしょうか。
鮎釣り師の中にはこの遡上期に川に足しげく通い、川見をし、遡上の状況や生育具合を観察しながら、今シーズンを占ったり、仕掛けづくりをしたり…
胸躍らせながら解禁を待っている方々も多いです。
このような現状をみなさんはどうとらえるのでしょうか。
近年ではSNS上で密漁を疑わせるような投稿も散見されます。
間違ったルールや認識が広がり、いつしか当たり前の正しいルールとして若い世代に浸透してしまうことはあってはならないと思うのです。
数に限りがある希少な天然資源となった今。
僕たちの魚たちへのふるまい方の見直しが求められています。
そして、
釣りには様々なものがあり、それぞれにおいて魚へのアプローチの仕方は違います。
これは人によっても大きく異なるものです。
だからこそ、川に立つ者同士、お互いを思いやる気持ちが必要なのだと思います。
これは自分自身も肝に銘じなければいけないことです。
ざわつく心を感じつつ、いったん止まって、そして一歩引いて、冷静に考える余裕を。
そしてだれもが気持ちよく、魚たちと触れ合うことができるようになったらいいなと心から思います。
感情優先でまとまりのない投稿となりました。
どうかお許しください。
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